シロクロデイズ〜seventh day〜
この部屋に入ったときと同じ表情だ。
儚げで、それでいてとても綺麗。
思わず俺はそんな先輩の手の甲に自分の手を重ねてしまった。
「黒滝?」
「……あ、いや、これは気にしないでください」
そう言いながらも先輩の手を握り締めたまま。
すると手の中の先輩のが反転したかと思うと、逆に握り返されてしまった。
「……今日で金久保の情報を集めるの最後だろ?」
「え? あ、はい、そうです」
「まだ連絡してねえんだろ?」
「そう、ですけど」
「報酬は二十万」
先輩の手を握っている手に力を込めてしまった。
「なんで、先輩がそれを」
「……なんでだと思う?」
なんでだと思うって?
そんなの、理由は一つしかない。
「先輩が、依頼人だから」
そう言葉にした瞬間、ここ一週間の先輩の言動を思い出す。
情報を集めてることを話したら声を荒らげたり。
まだ情報を集めていることに心配の言葉をかけてくれたり。
最近だと、金久保の情報を聞こうとして俺が断ったんだったか。
どうしてそういうことをしてくれたのか、先輩が依頼人だとわかった今ならわかる。
「シロに依頼したとき、まさかチームに入るとは思わなかった。だから俺のせいでお前が制裁にあうようなことがあったらって、気が気じゃなかったんだ」
「だからあのとき取り乱してくれたんですね」
だからあのとき、謝ってくれたのか。
制裁されるかもしれないのに情報を集めるようなことをさせて悪い、って。
きっとそういう意味だったんだろう。
自分で依頼しておいて心配してくれた先輩の気持ちが嬉しくて、笑みを抑えることができない。
いや、笑みを抑えることができない理由はそれだけじゃない。
そもそもなぜ、先輩が金久保の情報を欲しがったのか。
それはきっと、
「先輩、本当は金久保を信じたかったんですよね?」
笑みを浮かべたままそう尋ねると、未だ俺の手と繋がれたままの彼の手がピクリと震えた。
それだけでその考えが間違っていなかったことがわかる。
「白柳先輩もあの人に似て仲間想いなんですね」
「アイツと比べんな……つかその顔やめろ」
繋がれていないほうの手でぐにっ、と頬を引っ張られた。
でもあまり力を込められていないからか痛くはない。
どこまでも優しい白柳先輩に、俺は繋がれたままの手に力を込めたその瞬間、突然ドアが勢いよく開かれたためビクリと肩を跳ね上げてしまった。
そして恐る恐るそちらへ顔を向けると、手にしていたイチゴミルクのパックを握り潰している赤嶺が。
「おま、赤嶺! 中身っ、中身出てるから!」
「……本当にイチャイチャしてたよ、このむっつりが」
「誰がむっつりだって?」
「白柳に決まってんじゃん? やっぱりクロちゃんと二人きりにしておけないねぇ」
繋がれたままの手を離し、掃除用具から雑巾を取り出して慌てたりしているのは俺だけで、二人は言い争いをしている。
イチゴミルクで汚れてる手を洗ってこいとか。
腹が減ったから早く飯を食べようとか。
とりあえず誰か手伝ってくれとか。
そう言いたかったのに昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響き、俺は思わず手にしていた濡れた雑巾を赤嶺の背中に投げつけてしまった。
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