シロクロデイズ〜seventh day〜
昨日と同じように花屋で花を買い、俺と赤嶺はあの人が入院している病室を目指している。
ここに来ると手が震えてしまうのは、仕方のないことなんだと思う。
なんとなしにチラリと隣を歩いている赤嶺へ視線を移してみると、俺の視線に気がついたらしくヘラリと笑い返してくれた。
その笑顔に勇気付けられながら、目の前のとびらを開く。
昨日と特に代わり映えのしない真っ白な風景。
違うところをあげるとするならば、俺が昨日、持ってきた花が花瓶にささっているということだろうか。
そんな些細なことに俺は詰まっていた息を吐き出しながら足を踏み入れる。
「……シロ」
昨日と同じように花瓶の横に花を添え、椅子に腰を落ち着ける。
そんな俺の背から、赤嶺の気配を感じ取った。
「今日も雨降ってるな。薄暗いし、やっぱ雨は好きになれない」
シロの手を、力を込めすぎないようにそっと握りながら話しかける。
その間、赤嶺が横から茶々を入れてくることはなかった。
そのことに内心、感謝をしながら口を閉ざした俺は窓の外へと視線を移す。
まだ雨は強い。
この雨は、一体いつやむんだろうか。
「クロちゃん」
「ん……あ、どした?」
「飲み物買ってくるけど、クロちゃんもいる?」
「あ、なら俺が行くよ」
「いーのいーの。俺が行くからクロちゃんはゆっくりしてて」
気を遣わせてしまったんだろうか。
ウインクをしながらそんなことを言ってくれた赤嶺に、『サンキュ』と返すとなぜか頭を撫でられた。
同い年の幼馴染みに頭を撫でられるなんて、ちょっと複雑だな。
そんなことを考えながら再び視線を目の前のシロへ。
三年ぶりに見たシロの真っ白になってしまった髪に初めは驚いたけれど、慣れてしまうと似合ってる。
もちろん真っ黒だった髪も似合ってたけれど。
そして今は閉じられている瞼が開かれたら、切れ長の瞳の中に俺が映る。
その薄い唇が開かれたら――
「って、なに考えてんだ俺は!」
赤嶺が学校であんなことを言うから変なことを考えてしまった。
らしくもなく熱くなってしまった顔を押さえながら謝罪の言葉を口にしたその瞬間。
閉じられたままのシロの瞼がわずかに揺れた。
「し、ろ?」
気のせいかと、何度かまばたきをしてから再び視界に入れるが、やはり動いている。
『もしかして』なんて言葉が頭の中を駆け巡り、俺は緊張を抑えることができなかった。
ベッド脇のナースコールを押しながら、俺はシロ、と何度も呼んだ。
その目を早く開いて欲しくて。
俺の名前を呼んで欲しくて。
ありがとう、って言いたくて。
「シロッ!」
雨音にも負けないほどの大きさで名前を呼ぶと、閉じられたままだったその瞼が、ゆっくりと開かれた。
今まで眠っていたせいか、どこか疲れた色をしたその瞳は宙を泳がせたあと、顔を覗き込んでいた俺の姿をとらえた。
「シロ……」
「お前、誰だ?」
耳が狂ったんだと思った。
「金久保たちは、いないのか」
金久保の名前は呼ぶのに、なんで俺の名前を呼んでくれない?
なあ、なんで?
なんで、なんで。
「クロちゃ――って、うわ! 総長お目覚めだぁ!」
「お、赤嶺か」
体に力が入らないから誰が入ってきたのかわからないのに、声だけで赤嶺だってわかった。
俺のは、わからなかったのに。
「なあ、赤嶺」
「どうしたのー、総長」
「そこにいるやつ、お前の知り合いか?」
「……は?」
ずっと聞きたいと思っていたシロの声が、今は残酷だ。
赤嶺が引きつった笑みを浮かべながら説明しているみたいだけれど、シロは不思議そうな表情を浮かべるだけ。
「なん、で……」
ハッ、としたように赤嶺がこちらに顔を向けるが、もうこんな残酷なところにいたくなかった。
シロが俺のことについて口を開くたび、何度も頭を殴られたような衝撃を受ける。
何度も、地獄に落とされるような感覚だ。
「あぁぁあッ!」
医師たちがこの病室に入ってきたその瞬間、俺は弾かれるようにその場から走り出した。
背後で俺の名前を叫ぶ赤嶺の声が聞こえたが、立ち止まることなんてできなかった。
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