シロクロデイズ〜青木葉 宗慈〜
二時前についてしまった。
ビニール傘に付いた雨を落としながら倉庫へのとびらを開くと、複数の目が俺を見ては挨拶をしてくれる。
そんなみんなに笑い返しては、倉庫の隅であぐらをかいている宇緑が目にとまった。
俺がなにを言うつもりなのか、宇緑はもう知っているんだろう。
宇緑はそういう男だ。
殺風景な倉庫内にぽつんと置かれているソファへと腰を落ち着かせては、ビニール傘を床へと放ってからポケットから携帯を取り出し今の時刻を確かめるとあと五分。
その間に辺りを見渡してみると、期待の眼差しで俺を見ている奴や、突然の呼び出しに不安そうな顔をしている奴も。
そんな男たちに裏切りの言葉を放つことを考えると、胸が痛くなる。
「青、二時だぜ。そしてこれが全員だ」
宇緑の言葉に若干、顔をゆがめてしまう。
金久保と殴り合いをする前はこの人数の倍はいたと思うんだけれど、いつの間にかそれほど減っていたのか。
ソファに落ち着けていた腰を持ち上げながら携帯をポケットへと戻した俺は口を開き、声が震えてしまいそうになるのをこらえながら言葉を放つ。
「このチームは今日で解散する」
倉庫内に声が響き渡った。
頭を抱える奴や俺を静かに見つめる奴、眉間にシワを寄せながら俺を見る奴もいた。
恨まれることはわかってた。
「こんな薄情な奴がチームの頭でごめんな」
みんなの顔を見ていることができず、俺は俯きながら言葉を続ける。
「……俺は仲間が欲しいってずっと思ってた。けどどこかでお前らに壁を作ってたんだ。そしてそれを気付かせてくれた奴がいる」
目を閉じると暗闇の中に黒滝くんの姿が浮かぶ。
「俺にはこんな中途半端な気持ちでチームを引っ張っていくことはできない。このチームに入ってくれて、そして残ってくれたお前らにはどれだけ謝っても足りないと思う」
俯かせていた顔を持ち上げることはせず、そのまま腰を曲げお辞儀の体勢をとる。
「すみませんでした」
息の呑む音が聞こえた。
それでも頭を下げたままでいると、前方から慌てたような声が聞こえてきた。
「総長、頭を上げてください!」
「そうだ! 本当は俺たちがあなたにもっと歩み寄っていくべきだったのにそれができなかった俺たちが悪い!」
「……俺を、責めないのか?」
予想外の言葉に、下げていた頭を少しだけ持ち上げみんなの表情を伺ってみると、眉間にシワを寄せたり眉を下げたり、表情は様々だ。
「なにかを抱えて、一人で苦しんでた総長を誰が責めるっていうんですか。ここにいる奴はみんな、総長の幸せを願ってるんです」
俺の、幸せ。
それはきっと誰も傷つけなくて。
大切な人を隣に置いて笑い合って。
ツラいことも嬉しいことも二人で乗り越えるような。
「だから俺は、チームを解散したことで総長が幸せの道を歩けるならそうしたいです」
淡々と、それでいて力強く放たれた言葉に感動を覚えていると、負けじと『俺だって総長が決めたなら!』と色々なところから声が聞こえてきた。
らしくないとわかっているのに、目の奥が熱くなっていく。
視界がゆがんで、なにか言わなきゃと思うのに喉が震えて言葉が出てこない。
「総長、大好きです! 今までお疲れ様でした!」
聞こえてきたたくさんの声に、こらえていたものが一気にあふれ出した。
どうやら宇緑がチームのみんなを帰らせたらしい。
ようやく涙のおさまった目を擦りながら辺りを見渡すと、宇緑がとびらに寄りかかり俺を見ていた。
「泣いてるとこ見るとか、悪趣味だな」
「言ってろ。そういや青に面白い情報くれてやるよ」
「……なに」
「白狐が今日、退院する」
思ってもいなかった情報に、唖然とする俺をよそに宇緑は未だ雨の降り続く外へと出ていった。
目覚めたばかりなのにすぐに退院するということは家に帰ることを白狐のシロが望んだのか。
記憶を取り戻したというのか。
宇緑は気分を下げることは言ってくれるくせに、こういう肝心なところは言ってくれない。
それを見てアイツはまた楽しんでいるんだろうけど。
ソファの近くに放り投げていたビニール傘を手にしては、黒滝くんがまだいるであろう俺のアパートへ向かって歩き出した。
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