シロクロデイズ〜青木葉 宗慈〜


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 玄関のとびらを開くことが怖い。
 もし黒滝くんの靴がなくなっていたら。
 その姿がなくなっていたら。
 また白狐のシロの隣で笑う黒滝くんを見ることになったら。

 そうなったら俺はもう、耐えられない。
 それほど俺の中で黒滝くんの存在が大きくなっていた。

 深呼吸を繰り返してからドアノブを掴んでいた手を引き玄関を覗き込んでみると、黒のスニーカーが綺麗に並べられてあって心底安心した。
 靴を脱ぎ、玄関横のキッチンを見てみると黒滝くんがおたまを手に鍋の中を覗き込んでいた。
 帰ってきた俺に気付いた彼が口を開いたことがわかるが、言葉を発するよりも先にその体を抱き締めた。
 突然、抱き締められた彼が俺の腕の中で体を震わせたことがわかる。


「……黒滝くん」

「どうしたんだよ」

「俺、チームを解散してきたんだ」


 息の呑む音が聞こえた。


「このままじゃ駄目だってわかってた。だから、みんなの足を引っ張る前に解散してきた」

「……みんなは、なにも言わなかったのか」

「誰も俺を責めなかったよ。むしろ俺の幸せを願ってるって、俺のわがままを受け入れてくれた」


 俺のことを大好きだって言ってくれたみんなのことを思い出すと、また目の奥が熱くなってくる。
 それを隠すように黒滝くんの肩へと顔を埋めていると、彼の手であろうものが俺の後頭部を、そしてそこから流れるように背中を撫でてくれた。


「よく頑張ったな」


 まるで子供をあやすようなその動き、言葉にも俺の心は大きく揺さぶられる。

 黒滝くんが愛しくて仕方がない。
 今まで抱いたことのないこの感情こそが、『恋』というものなんだろう。

 認める、俺は黒滝くんのことが好きだ。


「……黒滝くん」

「ん?」

「キスしたい」

「駄目だ」


 即答されてしまった。


「昨日も今日もしたのに」

「あれはあんたがいきなりしてきたんだろ」


 退け、なんて体を押し退けられてしまった。
 そして再び鍋の中の覗き込む彼の後ろ姿を見つめては、表情が自然と緩んでしまう。

 幸せってこういうことを言うんだろう。
 好きな人のそばにいて、そんな好きな人が俺のために料理を作ってくれて。
 ずっと、こんな幸せが続けばいいのに。


 ポケットに押し込んでいた携帯が震えた。
 黒滝くんの後ろ姿を見つめながら携帯を取り出せば、そこでようやく携帯へと視線を落とし、ロックを外し受信されていたメールを見てみると宇緑からだった。
 画像が添付されているメールを開いた俺はそこに書かれていた文字、画像に顔が強張る。


『白狐のチームにも送っといた。反応が楽しみだな』


 昨日の夜、俺が黒滝くんを襲ったときの画像が添付されている。
 あのとき、宇緑はこの部屋を覗いていたのか。
 俺に黒滝くんを襲うように言ったのは、このためだったのか。
 今日、退院する白狐のシロを絶望させるために。


「青木葉さん、顔色悪くないか?」


 いつの間にか黒滝くんが俺を見ていた。

 黒滝くんにこのことを話すべきか。
 せっかく明るさを取り戻してきた彼を、また暗闇の中へと突き落とすのか。


「……ん、ちょっとお腹空きすぎてさ」


 明日にでも黒滝くんにこのことが伝わるかもしれない。
 それでも俺は一秒でも長く、黒滝くんとの幸せな時間を過ごしたい。

 俺は、やっぱり自分勝手なんだ。


第二話 完


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