シロクロデイズ〜白柳 悠夜〜
第三話「白柳 悠夜」
黒滝を見つけるために青木葉を探しに行った赤嶺の後ろ姿を見送ったあと、なんとなしに新聞の押し込まれた開かれることのないとびらを見つめる。
いったい今どこにいるんだ。
青木葉もなにを考えてやがる。
苛立ちを隠しきれず思わずこぼれた舌打ちは、大きな雨音によってかき消された。
不安は残るものの黒滝のことは赤嶺に任せ、再び白狐のシロ、そして俺の兄貴でもあるアイツが入院している病院へとやってきた。
受け付けを通り病室のとびらを開くと、その音に反応したのか兄貴がこちらを見た。
「悠夜(ゆうや)、今日もきてくれたのか」
三年前と変わらない笑みを浮かべながら俺の名前を呼ぶ姿は思ったよりも元気そうだ。
それなのにコイツは黒滝のことを覚えていない。
「もう三年も経ってるんだな」
「アンタが眠ってるあいだに色々あったよ」
「そうらしいな。昨日、金久保から聞いた」
金久保も昨日ここにきたのか。
きっと黒滝のことを確認したんだろう。
「全員元気そうだし、変わってなくて安心した」
全員、ね。
「ずっと眠ってたけど三年前のこと覚えてるか?」
「三年前のことか……」
遠回しに黒滝の存在を確認していることに気がついていない兄貴を見つめながら、近くの椅子へと腰を落ち着かせる。
三年前と変わらないしぐさ、表情、声。
そりゃ兄貴のことは好きだったからこうして無事に目を覚ましてくれたことは嬉しい。
素直に喜びたいとは思うが、黒滝のことを想うと頭に血がのぼってしまいそうになる。
今も目の前の男はチームの名前を口にしているが、その中に黒滝の名前はない。
本当に信じられないし、信じたくもないが黒滝のことを忘れてしまったのか。
昔から俺に黒滝の話をするくらい気にかけていたくせに。
「……どうだ? ちゃんとチームのことも覚えてただろ?」
「そうだな」
気づかれない程度に溜め息をこぼしながら椅子から立ち上がれば、俺を見上げた兄貴の目をじっと見る。
「でも一つ、間違ってることがある」
わずかに目が泳いだ。
「赤嶺の好物はバナナじゃなくてイチゴだ」
その後『また来る』と告げ、病院をあとに雨の中を行く宛もなく歩いている。
すると雨音が響く中、わずかに聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。
立ち止まり辺りを見渡すと、一人の男が俺を見ていた。
眉間にシワを寄せている坊主のこの男は。
「……金久保、か?」
確かめるように名前を口にしてみると、その男は息を吐き出しながら近付いてきた。
「赤嶺は俺だって気付かなかったから安心した」
やっぱり金久保だったか。
「……体は大丈夫なのか」
心配をする資格がないことをわかっていながらもそう尋ねると、眉間のシワをさらに深くした。
「そんなことはどうでもいい。シロは、黒滝はどうなってるんだ」
黒滝は青木葉のところにいる。
シロは、記憶をなくしたままだ。
そう返したつもりが、さらに激しくなった雨音によって声がかき消されてしまったようだ。
『バーに行くぞ』と張り上げられた言葉に頷き、先を歩く金久保のあとをついて行った。
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